トヨタ財団 研究助成
2004(平成16)年度
T−0.研究助成プログラムの概要と活動結果
トヨタ財団の2004年度研究助成は、「多元価値社会の創造」を基本テーマに本年4月1日から5月20日まで一般公募を行い、合計で過去最高の1,262件の応募を得た。この中から厳正な選考を経たのち、52件、総額1億5,095万円を助成対象として第107回理事会において決定した。
上記の基本テーマの下、
1.「多様な諸文化の相互作用:グローバル、リージョナル、ローカル」
2.「社会システムの改革:市民社会の発展をめざして」
3.「これからの地球環境と人間生存の可能性」
4.「市民社会の時代の科学・技術」
という4つの課題が設けられている。これは、昨年度と同様である。
選考体制は、研究助成Aでは課題1から4まで合わせて後藤乾一(早稲田大学大学院教授)委員長以下全6名からなる選考委員会が、研究助成B(含むアジア隣人ネットワーク)では濱下武志(京都大学教授)委員長以下全6名からなる選考委員会がそれぞれ選考にあたった。
選考の結果、研究助成Aでは31件・4,207万円、研究助成Bでは14件・6,988万円、アジア隣人ネットワークでは7件・3,900万円が候補として選出された。
申請件数に対する助成件数を採択率とした場合、全体では4.12%研究助成Aで4.22%、研究助成B(含むアジア隣人ネットワーク)で4%と、極めて高い競争率となっている。
表1研究助成プログラムの枠組み
研究種別 |
研究の性格 |
助成額 |
助成予定総額 |
助成予定期間 |
研究助成A(個人研究)
|
主に若手研究者による個人研究 |
1件あたり200万円を
上限とする |
約4,500万円
|
2004年11月1日より1
年間 |
研究助成B(共同研究)
|
主に国際的な
共同研究 |
1件あたり2,000万
(2年間)を上限とする
|
約1億1,000万円(う
ちアジア隣人ネッ
トワークに最大5割 が配分される)
|
2004年11月1日より1
ないし2年間
|
アジア隣人ネットワー (サブプログラム)
|
アジア域内の研究・実践ネットワーク 作り |
表2 応募ならびに助成の内訳 金観単位:万円
|
合計
|
研究助成A
|
研究助成B
|
アジア隣人
ネットワーク |
応募件数 |
1,262 |
741 |
429 |
92 |
応募金額 |
741,196 |
136,995 |
463,285 |
140,915 |
助成件数 |
52 |
31 |
14 |
7 |
助成金額 |
15,095 |
4,207 |
6,988 |
3,900 |
平均助成額 |
290 |
135 |
499 |
557 |
採択率 |
4.12% |
4.2% |
3.26% |
7.6% |
トヨタ財団研究助成A(個人研究)
の選考について
選考委員長 後藤乾一
はじめに
本年10月トヨタ財団は創立30周年を迎えるが、それを視野に入れ昨秋「構想諮問委員会」を発足させた。常務理事の委嘱をうけたこの委員会は、財団のこれまでの伝統と実績をふまえた上で、より積極的に時代を先取りし、社会に発信しうる足腰の強い新たな財団像を求め議論を積み重ねている(詳細は「トヨタ財団レポート」第101号所収の龍澤武同委員会委員長論文を参照)。その議論の中で最も重要な課題の一つが、現行プログラムのあり方およびその運営体制をめぐる問題であった.助成財団である以上それは当然のことであるが、「老軌にあぐらをかいてとかくその原点がないがしろにされがちではなかったか、という反省と危機感が財団の理事会・事務局、そしてさまざまな形で財団活動にかかわってきた外部重点に共有されていた。
今年度の財団の3プログラム(研究助成A・臥市民社会、東南アジア)は、こうした構想諮問委員会の議論との関係で「移行期」にあると位置づけられ、かつ諮問委貞会の各時点での答申を逐次可能な限り反映させていくとのポリシーから、各プログラムの選考委貞会には、諮問委貞が責任者として関わることが要請された。以下の評は、そうした立場からの筆者の個人的所見であることをお断りしておきたい。
今回の選考との関連で諮問委員会の5項目からなる「中間的基準」をみると、とくに重要な点は「多領域的、横断的展開の必要性」、「選考過程における公正性・透明性の確保」の2点である。前者について研究助成A(個人研究)の主な選考ものさしのいくつかをみるなら、いわゆるタコ壷的、研究のための研究というよりも、現場(フィールド)体験から提起される「研究と実践の中間領域」的な課題、あるいは研究成果をふまえ広い視野から社会の活性化のために「触媒」的な役割を期待できる発信力の強い研究により高い優先度がおかれることになる。これらの基準は、すでに過去の選考委員会においても重視されてきたものであり、これらが確実に内面化されつつあることが再確認された。
1.応募状況と選考プロセス
本年度の個人研究助成には過去最高の合計741名の応募があった。トヨタ財団に対する期待のあらわれとして喜ぶべきであるが、同時に毎年数パーセントの採択率にとどまらざるを得ない現実(多くの助成財団に共通するが)に経済大国日本の学術研究支援体制の不十分さを垣間見る思いである。こうした日本の研究環境を見る上でも示唆的と思われるので、データ的にみた今年度の応募状況の特徴を概観しておこう。
まず国籍別にみると日本人473名に対し外国人は268名(36%)であり、さらに後者の内日本在住者と外国在住者はそれぞれ134名と同じ数値を示している。外国人(20カ国・地域)全体のうち上位は、韓国64名、中国47名、インドネシア29名、フィリピン14名、台湾10名であった。結果的にみると今年度は「東南アジアプログラム」が継続されることもあり、同地域2園からの採択がゼロにとどまった。年代別では30代が378名と過半数を越え、これに20代221名を加えると全体の8割強を示す。本助成が主に若手研究者を対象とするものであることも一因だが、反面5人に1人の割合で40代以上の応募者があったことは「多様な背景を持った応募者を歓迎」するトヨタ財団の特徴が示されたものといえよう。日本国内に限定して所属機関の所在地をみると、東京(238名)、京都(66名)、大阪(30名)の三都府のみで全体の45%の集中度を示している。これに首都圏の各県や愛知、兵庫といった主要県を加えるとその集中度はさらに高まる。
他方、1件の応募もない県が10県もあるなど、地域社会の活性化という財団の理念からみて広報戦略のあり方等検討すべき余地も多い。肩書き(本人記載)別にみると大学院生が289名(39%)と圧倒的に多く、大学等の常勤職(含助手)が133名(17.9%)とこれに次いでいる。全体の印象からいうと、博士号を取得したものの常勤職についていない応募
者が相当数あった。近年各大学で新学位制度に基づく博士号取得者が増加したのは望ましいことだが、反面彼らの教職・研究職への受け皿がきわめて限られていることも残念ながら現実であることを痛感させらゎた。
前述の「選考過程における公正性・透明性」との関連で、本年の選考プロセスについてみておきたい。第一段階は、選考委貞会(6名)と財団のプログラムオフィサー(pO、複数)とによる予備選考である。ここでは長年かかって蓄積された「選考のものさし」を基準に最終選考に附す候補案件の暫定的なリストを作成する。第二段階は、この最終選考の対象となる案件の妥当性を再度慎重に吟味し判断する作業である。第三段階は、各選考委具による査読である。
与えられた1カ月半の間に各自の担当(60〜70件)を慎重に査読し、各委員が12点の推薦案件を決定する。その際応募1件につき必ず3人の委員が評価にあたると共に、選考委負に近い応募者の評価は担当しないという原則の徹底化が確認された。こうした経緯をふまえ第四段階である採択候補の大枠決定がなされる。今年はうだるような暑さの中、7月28日午後12時30分から最終選考委員会が始まった。上記のプロセスを経て候補案件とされた138点を1点づつ審査する方法がとられたが、各案件とも推薦者がその理由を説明し、それに対しまさに甲論乙駁の議論が展開された。こうしてすべての案件についての議論が終わり、計31名の採択候補(最終決定は9月未の財団理事会)に絞り込まれた時、時計の針は夜9時を少し回っていた。各選考委負から終始一貫して真摯で公正な姿勢での建設的な発言があっただけでなく、オブザーバーとして参加された構想諮問委月会の諸先生による機をみての適切な助言、そして豊富な体験と旺盛な好奇心を待ったPO諸氏・姉の全面的な協力、さらには財団事務局のこまやかな配慮、これらが財団プログラムの「公正性・透明性」の裏打ちされた審査体制を支えるものであることを実感した次第である。
2.採択案件の特徴
トヨタ財団の理念、それに基づく目標が「選考要領」等を通じ応募者に広く理解されてきたこともあり、今回採択候補となった31件は、いずれも学問的レベルの高い、かつ社会的発信力のある刺激に富んだ案件であった。以下ではテーマ的に整理しつつ、全体的な特徴を鹿祝しておこう。
筆者にとって最も印象的であったのは、紛争地域あるいは途上国の中でもとりわけ過酷な社会経済的条件下にある地域にNGO、NPOのスタッフとして持続的に関わり、その地の住民の「暮しといのち」への共鳴に立った一群の案件であった。紙幅の都合で一部しか紹介できないが、「緊急食料援助における持続可能性と経済効果 一地元生産物を用いたパレスチナでの精勤の評価を中心として」は、その代表例である。この系統の採択候補は3点あったが、いずれも商い倫理観、使命感に支えられた30代後半の女性であったのはきわめて示唆的である。採択件数からみると全体の3分の1近く(9件)を占めたのが広義の環境・福祉の領域であった。環境については「中国における農民の貧困削減に果たす国有林の役割 −延辺朝鮮族自治州を事例として」にみるように定点観測的な手法による問題解決型の研究課題が多く、まさに応募要項にいう「現場から生まれた具体的な研究課題」に沿うものが多かった。福祉に関しては近年ハンセン氏病への関心が高まっているが、今年は3件の応募があった。採択されたのは「元ハンセン氏病患者の社会復帰に関する社会学的実践の可能性ノ ー九州における支援グループ・介護ボランティア・療養所入所者の自助努力」の1点であったが、いずれもその根底には「人間の幸福Jとは何かを考えさせる“静かなる迫力”が脈打っていることに感銘を覚えた。
現代日本にとって過去の植民地支配が近隣アジアに残した「遺産」を直視することは避けてとおることが出来ない。
この分野は「日本音楽産業と植民地朝鮮 一朝鮮レコードのミクロな生産過程に関する歴史人類学的視座を中心に」をはじめ5点が採択されたが、いずれも高い実証性と新鮮な
切り口に基づくものであり、(脱)植民地研究の担い手が新世代に移りつつあることを予感させるものであった。近現代日本についても、今日なおいくlっかの地方に伝承されて
いる和洋折衷式鼓笛隊を対象とした「近代日本における西洋音楽の文化変容と土着化jなど文化・芸能を切り口としたユニークな視座からの研究が4点採択された。伝統的な文献
学に基づくものとは一味異なる日本研究が市民権を待つつあることが興味深く感じられた。日本研究の一部ともいえるが、今年も沖縄(琉球)に関する研究は多岐にわたっており、定説化されてきた「ソテツ地獄」論に真正面から挑戦した「沖縄・奄美地方におけるソテツ食の研究」から、自らのガマ(自然洞窟)での「平和ガイド」体験をふまえ「沖縄戦の語りにみる平和教育への実践的アプローチ」をめざした実験的研究まで多様性に富んでいる。
その他にも、内モンゴルを対象とした二人のモンゴル人(中国籍)留学生の緻密な研究、中国人留学生による現代中国の対日認識に関わる今日的な研究、また西アフリカを対象とした日本人研究者のフィールド研究等個別的なテーマにも鮮明な問題意識が感じられた。さらにはアジアのそれぞれの地がかかえる祐間帝に若者らしい感性と行動力で取組もうとした意欲的な研究−たとえばマニラ下層民の生活誌をボクサーとその一家に密着して観察する社会史的研究、ウズベキスタンの「乞食」を農村共同体の再編と絡めたフィールド調査など一にも既成の学説や枠組みを乗り越え、市民的な視座から対象に接近しようとするある種のロマンを感じさせるものも少なからずあった。
以上筆者の「独断と偏見」に基づき、今年度の研究助成Aの選考に関する所感を述べさせて頂いた。冒頭に述べた構想諮問委貞会での答申内容は随時トヨタ財団ホームページ等
で公開されるが、財団にとっての大きな財産と支えは、国境を越えて各プログラムに応募してくわる若き研究者、大学院生、NGO・NPO関係者であることを痛感できた。最後に本年度採択が決定した応募者が立派に成果をおさめることを期待すると共に、残念ながら今回不採択となった応募者そして新たな人材の次年度に向けての“リベンジ”と“チャレンジ”を心より期待したい。
トヨタ財団研究助成B(共同研究)の選考について
−選考委員 小木和孝
研究助成B(共同研究)の選考は、サブプログラムの「アジア隣人ネットワーク」とともに、4つの関心課題を統括して1つの委員会(濱下武志委員長)で行われた。従来は、関心課題別にそれぞれ人文、社会、自然領域を分担する3委員会で選考していたのであるが、今年度から、基本テーマ「多元価値社会の創造」に応募した共同研究の全案件を一括して審議する新しい方式を採用した。この基本テーマにたいする関心が広がって、掘り下げた学際研究が多く提案されるようになり、全体について意欲的な研究を十分に吟味できるようにする意義が大きいと認められたからである。濱下委員長以下6人の選考委員は専門領域をそれぞれ異にするが、この観点から事前の調整を十分行って、関心課題を配慮しながら一致する案件を選考することができた。
応募者に提示した4つの関心課題は、「(1)多様な諸文化の相互作用:グローバル、リージョナル、ローカル」、「(2)社会システムの改革:市民社会の発展をめざして」、「(3)これからの地球環境と人間生存の可能性」と「(4)市民社会と時代の科学・技術」である。今回は、これらの関心課題を考慮に入れながら、共同研究全体をまとめて選考を行ったわけであるが、この新方式は、選考委員の討議をさらに活発化して、民間助成の役割にそった選考を行う上で役立ったと思われる。共同研究案件の選考にあたっては、背景や分野を異にする研究者が共同して取り組むことによって新たな展開を図る研究、現場の問題解決によいインパクトを与える研究に主眼をおいて取り上げるように努めた。サブプログラムの「アジア隣人ネットワーク」については、同様に関心課題を考慮に入れながら、アジア地域の問題解決を視野に入れた研究者と実務家の相互協力を推進するネットワーク構築に重点をおいた。
応募件数は、共同研究助成429件、サブプログラムの「アジア隣人ネットワーク」92件、計521件であった。各委員がそれぞれ8件と4件ずつの推薦を行い、7月に開かれた委員会で推薦結果を参考にしながら選考した。推薦者の多寡でその結果、共同研究助成14件、サブプログラム7件が採択候補となった。採択率は、共同研究助成3.3%、サブプログラム7.6%となった。両者を合わせて、上限とした1億1千万円にほぼ達する助成を提案することができた。海外からの応募も少なくなく、採択候補のうち共同研究2件、サブプログラム3件が海外からの申請であった。採択により実質的な研究成果を達成することを目標にするため、1件当たりの助成額を十分確保する必要があり、採択率は決して高いとはいえないが、民間助成の意義にそった案件数を取り上げることができたと考えられる.
応募案件が取り上げた領域は多岐にわたったが、全体を通して3つの動向が認められた。複数の委員が推薦した案件がこれらの3つの流れからほぼ同数ほど含まれたのは、興味深く、本財団による共同研究助成の現状をある程度反映しているとも考えられる。一つの動向は、地域社会の生活と生業の進展してきた過程を対象にした共同研究である。社会的、歴史的系譜をふまえた地域社会の特性を再構成する研究や、実態調査、地域主導の活動を取り上げる研究がみられ、地域社会を軸にした共同研究の強い流れを実感させる。これと並んで共同研究に取り上げられているのが、広い意味での文化資産の総合研究、保存と継承を扱う場合である。もう一つ、流れとして貢忍められたのが、問題解決支援のための現状にたった共同研究群である。自立や環境調和、持続可能な資源利用、事故防止と情報理解などを取り上げながら、それらに共通して、新たに共同研究を組むことによる問題解決指向が明瞭にうかがえる。この間題解決型の研究では、地域社会を対象にすることも少なくない。他方、これらの大きな流れとは別の独自の研究案件も認めらゎた。選考に当たっては、これらの流れのなかで新展開を意図するものに注目することは行ったが、独創性のある案件を採択する立場から、むしろ流れにはとらわれずに、助成の意義と効果の大きいものに着目する方向で討議が行われた。
共同研究助成の候補として採択されたテーマには、時期的に見て現状で研究を行う意義が大きいものが少なくなかった。そうしたテーマでは、現状で時期を失せずに資料を集めたり、早期の問題解決を図ったりする必要が強調されていた。少ない資金のもとで、時宜をえた共同研究をいくつか取り上げて助成しようとするのは、当然ともいえるが、そうしたテーマ設定でそれだけ堀り下げた問題意識が形成されることも関係がありそうである。海外、特に開発途上国の環境や地域生活の学際研究が採択されたテーマの過半を占めた点も、本研究助成の特徴ではあるが、やはり現時点における地域社会や環境に関する諸問題の解決を図るための研究交流が望まれている現状を反映していると受け止めることができよう。そして、全体に共通した特徴として、「多元価値社会」に力点をおく本助成の企図に応えて、地域社会や問題解決における日常のくらしとの接点研究に関心が寄せられていた。生活集団の自立や持続可能な環境調和と資源利用、問題解決支援に、日常のくらしと協力の視点が生かされていくことは、よく理解できる。
地域社会に軸足をおいた研究には、琉球・沖縄の服飾文化への古琉球時代と中・近世の東南アジア諸国の影響(植木ちか子ら)、北東北の昭和初期社会活動家たちによる地域活性化事業(黒石いずみら)、漁村女性の魚食普及活動が持続可能な地域漁業社会に果たす役割(副島久実)があり、いずれも地域の生業と関係付けられている。17世紀中国資料にみる琉球人の生活文化の研究(孫 薇))、中国とロシアモンゴルに散らばった少数民族の社会的、歴史的状況の再構成(ジミンゴアら)も地域生活条件下の文化交流を取り上げている。これらと視点は異なるが、ハンセン病療養所における結婚と子供についての共同研究(山本須美子ら、継続助成)も、生活世界の学際研究であり、同じように日常のくらしに視点がおかれている。
文化資産を扱った共同研究としては、モンゴル映像文化の継承と活性化(海野未来雄ら)が、取り上げられた。この映像文化保存の試みも、上記の琉球人の服飾や生活文化を扱う研究も、努力なしには失われかねない文化資産の継承を意図していて、助成の意義が特に認められた。現状での問題解決支援を取り上げた共同研究として採択された案件は、さらに多彩であるが、それぞれに地域社会レベルの交流を基盤とするのが印象的であった。テーマとしては、精神病者監護法下における留置患者の暮らしと地域社会(橋本明ら)、チェルノブイリ原発事故を考える材料のまとめ(今中哲二ら)、中国帰国者の生活状況と自立対策(河村舟二)など、いずれも現時点での資料収集が緊要なものであり、示唆に富む成果が期待される。そして、途上国を対象にした問題解決支援は、アフガニスタンにおける持続可能な水資源利用計画(児島淳ら、継続助成)、中央アジア穀作農業の環境調和的自立(石田紀郎ら)、アフリカ熱帯雨林の保全と持続的利用の両立(古市剛史ら)が取り上げており、共同研究の重要な潮流を表している。日欧間の環境情報コミュニケーションの共同研究として、日独におけもサイエンスコミュニケーター養成(レンら)は、情報基盤交流の新たな試みとして注目される。これら採択された研究の多くが、社会的支援の乏しかった領域や新たな環境調和視点に立った連携をさぐる学際共同研究として助成を行う意義が認められる。
「アジア隣人ネットワーク」共同研究は、昨年度から設けられた助成枠であるが、その昨年度は、従来から連携してきた実績を踏まえた問題解決のための相互協力が主であった。その昨年度に比して、今年度は、むしろ新規のテーマを設定して研究基盤のネットワークを作る研究が主であった。昨年度は10件あった助成が今年度7件にとどまったのは、既存の交流実績に依拠した問題解決型の連携を扱う応募案件がかならずしも多くなかったことを背景にしている。発展性のあるネットワークとしてどういう案件が助成対象としてふさわしいかについては、昨年同様、選考委長の間で熱心な討議が行われ、アジア各地の具体的な課題解決に資する研究者と実践家の出会いと相互協力を促進し、相互発信に役立つ成果が目に見える企画を取り上げることで一致をみた。その結果、採択候補とされた7件は、いずれも国際協力の新しい展開を企図していて、まとまった額の助成に十分値するものであった。大陸辺綾部の変形現象の理解へ向けた地質学、年代学、古地磁気学の研究者ネットワーク(乙藤洋一郎ら)、大洋利用技術の継承のための若手研修協力(ベイカーら、オーストラリア)、アジア太平洋地域の作家間の連携強化(ジャンセンら、オーストラリア)、日中韓と台湾によるASEAN諸国法整備支援(鮎京正訓ら)は、具体的な協力の成果が明示されていて、ネットワークによる絆形成の発展性があると認められた。各国の歴史認識の差がある現状に対して東アジア規模の対話の場づくりで批判と連帯をすすめようとする東アジア歴史フォーラム(林志弦、韓国)は、共有できる歴史認識と和解の基礎をさぐる意欲的なネットワークである。他方、アジア各国の自然資源管理と住民自治に関する相互交流のためのいりあい・よりあい・まなびあいネットワーク(島上素子ら)と、地域史・地域文化研究を基礎とする日韓海峡地域間ネットワーク(勝村誠ら)とは、ともに人材育成と経験交流を目標にしていて、新たな地域間交流が期待される。
共同研究全体の一括審議により、共同研究チームやネットワーク内の連携と予算、成果物がどれだけ具体的で波及効果があるか、またわかりやすく記述されているかが、かえって検討しやすくなったと感じられた。選考の基準に関して専門領域の異なる選考委点間の意見が一致していたことが、新しい審議方式をすすめる上で役立ったとみたい。前述のように、共同研究の方向に共通した流れが領域を越えて認められたことも、選考委長の討議に参考にすることができた。とりわけ、地域生活の活性化、環境調和などの具体的な課題に結びつく共同研究の動向が強まっている点が注目された。
共同研究についても「アジア隣人ネットワーク」についても、本財団による民間助成の意義をよく理解して多くの応募が寄せられたことは、心強い点である。助成に当たって、多元価値社会のありようを発展的に捉える共同研究を重視しているわけであるが、その点をふまえた応募が増えていることも指摘できる。その一方、共同研究を行おうとする企画内容が分かりにくく、平明な文体を心がけているとは認められない応募、予算の組み立て方がやや安直な応募も散見された。共同して研究を行う意図を平明に述べた応募が助成対象としてふさわしい点を一層明らかにして公募していくことが望まれる。応募数が多いことからみて、科学研究費配分などの他の助成とは違った観点から共同研究助成を行う意義は、いっそう大きいとみてよい。そのサブプログラムとしてすでに2年度にわたっている「隣人ネットワーク」枠は、その民間助成の意義をさらに高める接点として定着しつつあると認められる。助成枠の拡大が、依然として本財団助成にとっての大きな課題であるが、その助成の特質を生かして、具体的なくらしや生業を取り上げて地域社会と文化継承に資する協働、実践に力となる成果の共有を支える研究企画を促進していくようにしたい。注:演下武志選考委貞長の所用のため本選後評は、小木和孝委員が執筆しました。
省略
T−2.研究助成B(共同研究)
助成対象一覧 助成番号下の(継X)は継続]回目
助成金療下の()は助成実施期間
助成者号 題 目
代表者 所属
●課題1 多様な諸文化の相互作用:グローバル、リージョナル、ローカル
l DO4−B−165 北東北から日本を見る 一昭和初期に先進的社会活動家たちが行ったグローバルな視点に
立つ地域活性化事業とその展開 3,000,000
黒石いずみ 青山学院女子短期大学教養学科 教授 50歳 (2年)
2 DO4−B−195 モンゴル映像文化の遺産継承と活性化に向けて −その現状と未来への提言
7,000,000
海野未来雄 東京大学大学院総合文化研究科 院生 39歳 (2年)
3 DO4−B−393 十七世紀の中国楢案史料に見る琉球人(ウチナンチュ)の生活文化の結合的研究 一中国に
漂着した琉球人を中心に 3,000,000
(中国) 孫 薇 沖縄大学 非常勤講師 41歳 (2年)
4 DO4−B−426 中国、ロシアモンゴルに散らばったプリヤート人たちのライフヒストリー調査による少数
民族の社会的、文化人類学的、言帯学的、歴史的状況の再構成 4,150,000
(ロシア) ジミンゴア 梅花女子大学・大学院人間関係福祉学科 研究生 33歳
5 DO4−B−029 精神病者監護法下における藍置患者の暮らしと地域社会 一精神障害者の処遇・援助論
再構築のための基礎的研究 6,260,000
橋本 明 愛知県立大学文学部 教授 42歳 (2年)
6 DO4−B−117 ハンセン病療養所における結婚と子供 −ハンセン病元患者の生括世界に関する文化人類
(継2) 学的研究 4,000,000
山本須美子 東洋大学社会学部社会文化システム学科 助教授 48歳
7 DO4−B−257 中国帰国者の生活支援に関する研究
3,000,000
河村 舟二 奈良市立春日中学校夜間学級 教諭 54歳 (2年)
1 DO4−B−295 水産資源の有効利用が持続可能な地域漁業と地域社会に果たす役割 一水産資源・コミュニ
ティ.消費者をつなぐ漁村女性の魚食普及活動の展開と社会的位置付けを中心として 3,470,000
副島 久実 広島大学大学院生物圏科学研究科 院生 28歳 (2年)
●課題2 社会システムの改革:市民社会の発展をめざして
9 DO4−B−250 アフガニスタン・サリプル県における持続可能な水資源利用計画に関する調査研究
(継2) 3,500,000
児島 浮(特活)ピースウインズ・ジャパン海外事業部 プロジェクトオフィサー 35歳
10 DO4・B−259 住民参加による中央アジア穀作農業の自立的・環境調和的再生
石田 紀郎 (特活)市民環境研究所 代表理事 64歳
省略